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日本病院会 倫理綱領

我々は人格の陶冶に努め、社会正義を重んじ、より良い医療を追求する組織を目指し、病院医療を通じて、日本が生きがいのある健全な社会になるよう病院人として実行すべき規範を定める。

我が国は国民皆保険制度のもと、国民はだれでも、いつでも、どこでも医療を受ける利益を享受できるようになり、そのため平均寿命は伸び世界に冠たる長寿国家となった。一方、医学の進歩また高齢者社会の進展と共に国民の総医療費が増大し、その負担が難しい問題となっている。そのような中、政府による社会保障費の増大に対する抑制策が図られ、低負担でより良い成果を求める政策誘導が行われてきた。その 結果は病院医療従事者の過労を招き、救急・産科・小児科医療に始まった医師不足から多くの医療現場が荒廃し、医療崩壊と言われる事態を生じた。さらに高齢社会を迎え医療と介護の境界が不明瞭であることが明らかになるとともに、健康寿命と実寿命との乖離に対する医療と健康生活支援の必要度は増大し、解決すべき新たな課題が生じている。このような状況のもと、我々は国民の命と健康のために奉仕する心を忘れず、高い倫理性を目指し、病院医療を通じて、日本が生きがいのある健全な社会になるようこの倫理綱領を掲げる。

1. 我々は知識と技術の習得に励み、温かな心をもって医療の質の向上に努める。
人命に関わる極めて重大な業務に携わる者として、我々は生涯にわたって向上心を持ち、人格の円満な発達と知識・技術の修得に努める責務がある。また、現在の病院医療は、病院職員全員の協力、いわゆるチーム医療なしでは円滑・敏速かつ柔軟な活動は望めない。医療界に従来ありがちであった職種による階層性や職場毎のセクショナリズムを取り払った組織横断的で闊達な運営が今後の病院経営の要である。
我が国の社会においては、女性の労働力は貴重であり、今後は女性職員の職場におけるワークライフバランスに配慮した環境整備を心掛ける。
医療の実践は患者の苦痛に共感するところから始まる。患者と心を通わせ、患者に対して深く思い遣り、労わる心を持つことが大切である。
医療の質には、医療安全を確保すること、最善な医療結果を適正な費用で得ること並びに患者に無駄で利益のない治療は行わないことが含まれる。また、医療行為が営利を目的とするものでないことを銘記すべきである。
2. 我々は患者の権利と自律性を尊重し、患者の視点に立った医療を行う。また権利には義務が伴う こと並びに医療の不確実性について患者に理解を求める。
我々は全ての患者に平等の心で接し、その生命の尊厳を守り、診断・治療等について誤りのない情報を伝え、患者が適切な判断ができるように援助する。患者もまた、診療に協力し、医師に自身の健康状態を正確に伝え、医師の指導に従い、診療費用を支払う義務がある。しかし治療結果はときに予測不可能で患者にとって受容できない不利益な結果を生む場合もあるので、医療の不確実性について理解を求めるよう努力する。
3. 我々は診療情報を適正に記録・管理し、開示請求には原則として応じる。
個人情報は個人に帰属するものであり、医師と患者の信頼関係を保つために本人の同意なしに他者に漏らすことはできない。また、個人情報の提供は秘密が守られる前提があるから得られるのである。守秘義務の例外となるのは、患者の明確な同意がある、法律に規定されている、個人の利益より社会・公共の利益が大きい、重大な危害が差し迫っている、医師が家族に死因を伝える等の場合である。臨床医学等で患者情報を使用する際は匿名性の保全に遺漏のないよう特に留意する。開示を拒否できる場合は、本人または第三者の生命・財産その他の利益等を害するおそれがある、医療の実施に著しい支障を及ぼすおそれがある、他の法令に違反する等である。近未来には患者が自らの診療情報にアクセスできるよう我々は努力する。
4. 我々は地域の医療・保健・介護・福祉を包括的に推進するとともに、関係諸機関・施設等との連携・協力関係を構築する。
少子高齢社会を迎え独居老人も増えた現在、疾病は治っても自宅での自立した行動力が回復せず、生活に介助を必要とするため退院できない高齢者が多い。病院には医療に加えて、保健・介護・福祉にも包括的な連携を推進する必要が生じている。そのためにも、地域の医療機関、介護施設ならびに行政機関等との緊密な連携を構築すべきである。併せて公衆衛生活動への協力、分かりやすい情報発信、環境保全など社会に対する責務を果たす。
5. 我々は人の自然な死に思いをいたし、緩和医療を推進し、誰もが受容しうる看取りのあり方を求める。
医療の進歩と普及は多くの患者を救ったが、その一方で、人生の最終段階における医療に対する国民の考えが近年変化し、治癒の見込みがなく死期が迫っていると診断された場合、人工呼吸器等による延命治療を望まないとする意見が増えているのも事実である。また自ら身体を動かすことができなくなり、食事摂取もできなくなった高齢者に対して行われる延命処置としての胃瘻造設等の妥当性が問われるようになった。さらに末期がん患者等においては適切な治療法がなくなり、終末期を迎えざるをえないとき、その苦痛を緩和し、覚悟した死を迎えることができるよう緩和ケアが推進されている。我々は人の自然な死に思いをいたし患者および家族の意思を尊重して、誰もが受容しうる看取りのあり方を求める。